Aさんプロフィール:
会社のイベントをきっかけに登山・トレイルランニングを始め、サハラマラソン250キロやUTMF(ウルトラトレイルマウントフジ)を完走。現在は、登山の魅力にはまり、現在、働きながら 1 年間で日本百名山を制覇する事目標としており、今回 38 座目となる岩手県早池峰山で遭難し、発見・救助されました。

◆本人の遭難記録:
2019年 5月5日 遭難 6日救出
東北は岩手山と八幡平を終えて、あとは早池峰山を残すのみでした。 ガイドブックだと距離も高低差もたいしたことなく、ほかの山を無事に登頂していたので気が緩んでいたと思います。いつものようにヤマレコ でどのくらい人が登山しているか、雪の状況などを調べると、通常の登山口は、冬季閉鎖中で林道を 10 キロくらい歩かないといけないこと。また、ヤマレコに薬師岳の記事があり、薬師岳からの早池峰山のルートがあることを知りました。林道は退屈なので山道がいいなと思い、高低差が大きいのもわかっていたのですが、山道ルートを選択しました。 朝、ホテルを出て、薬師岳登山口に7時ごろ到着しました。駐車場に車はなく、あまり人が入っていない雰囲気がしたので、やっぱり林道 コースにしようかと迷いました。しかし、林道コースまではここから車で2時間ほど。 長い道のりになるなと迷ううちに、だんだん出発が遅れてきたので、家族にLINEで「早池峰山いってきます。」とだけ残して出発しました。 いつもは登山口で写真を送ったり、登山届のポストがあれば届けも出すのですが、登山ポストはなく、気があせっていました。登り始めは順調 に進みましたが、雪がついてくると踏み抜きが多く、トレースもなくなってきました。天気はよく頂上は見えるので踏み抜きながら、 苦労して薬師岳頂上へ2時間ほどで到着しました。そこから、早池峰山を見たのですが、そこからの400mのくだり、700mの登りは、この 雪とトレースのなさでは無理だと判断し、下山することにしました。下山途中、雪が深すぎて何度もお尻ですべっているうちに、ザックの後ろのポケットにいれていた地図を落としてしまいました。さらに彷徨っているうちに沢に転落。やむを得ず、びしょびしょになりながら沢をくだるうち、気が付いたら携帯まで無くしていました。「死ぬな」と思いました。これ以上動くと滑落の危険もあると思い、平らな場所をみつけて、救助を待つしかないと覚悟しました。5日の11 時ごろだったと思います。 天気は良くて、暑いくらいの日だったので、服を乾かし救助を待つことにしました。

ココヘリだけが頼りでした。

ココヘリ、充電されてるかな?と何度もシグナルを確認 していました。LINEで「早池峰山に行く」といったきり、それ以上の情報を誰にも報告していないことを後悔しました。そのLINEさえ、 既読になったことを確認していなかったので、送信できてなかったかもしれないと思いました。 ココヘリは24時間365日だったはず。家族が連絡してくれるのはいつだろう、と思いながら過ごしました。 薄手のダウンと雨具のジャケットを防寒具として持っていただけで、夜は寒くなりました。下山中に熊の足跡も確認していたので、熊がいること も知っていました。一晩中、連絡してくれているか、救助はいつくるか、考えていました。食料はカロリーメイトとナッツを持っていたので3日は大丈夫だけど、次の日の昼から天気がくずれることもわかっていたので、2日目の夜は、この防寒では過ごせないかもしれない。 朝が来て、そろそろ助けが来るはずと祈っていました。 ヘリの音が聞こえたときは、本当にうれしかったです。早池峰山とだけ言い残して、薬師岳にいるので、ヘリの方向がなかなか、薬師岳の方向に来ないので、必死に笛をふきました。見つけてくれたあとも、降りてきてくれるか不安で必死に笛をふき続けました。 1台目は、捜索用のヘリだったようで、2台目のレスキューのヘリでレスキューの方がおりてきてくれました。 歩ける?など確認して、もううれしくて歩けるどころか、走れます!みたいな。 ようやくひきあげられて、救助の方に、よくがんばりましたね、と言われたときは、本当に感動しました。 すべて、私が悪いのに、よくがんばりました。と。 24 時間ほど、不安と寒さに耐えましたが、とにかく少しでも長く生き延びないとと思って、じっとしていたので非常に元気でした。 手配して頂いていた救急車にも乗らなくても良いほどで、幸いなことにもともと予約してた盛岡からの新幹線に乗れました。

◆家族の記録(弟):
その日私は、ゴールデンウイークで大阪に帰省しており、母とレストランで食事の約束をしていました。約束していた時間にやや遅れてきた母は、姉が「早池峰山にいってきます」というLINEを最後に連絡がないことを私に告げました。私は連絡がないのは、携帯を無くしたか疲れて車で寝ているだけだろうと思いましたが、母の狼狽ぶりと、数週間前に姉から連絡が途絶えたら「ココヘリ」へ連絡して欲しいと言われていたこともあり、大事をとって電話をしました。
受付後すぐに担当の方より連絡があり、夜間はヘリが飛ばせないので明日になる旨と警察へ捜索届を行うことを薦められました。最寄りの警察署に届け出を行ったところ、夜間に現地警察が早池峰山登山口に車の有無を確認しに行ってくれることになりました。
 ヘッドランプは持ってるはずだし、いずれ下山して連絡はくるだろう。姉からの連絡を待ちましたが一向に連絡はありませんでした。夜が深まるにつれて遭難の可能性がどんどん高くなり、家族は不安に陥りました。  早朝、現地警察から登山届並びに、早池峰山登山口に車が見当たらない旨を告げられました。「登山届がない」=「姉は山にいない」私はヘリの要請を躊躇しました。しかし、その旨をココヘリ担当の方に相談すると「与えられた状況から遭難している可能性がファーストチョイスである以上、できることはやるべき」と言われました。その瞬間、私はもし姉が遺体で発見されたとしても後悔のない対応をしようと腹が座りました。 自分にできることをやる。
ヘリでの捜索をココヘリに正式に依頼し、午前中に現地に飛んでいただけることになりました。また、警察への強い捜索要請と共に、姉の登山ルートの手がかりを探すべく大阪から茨城県の姉の家に向かうことにしました。
茨城県へ向かう途中の電車で、捜索していたヘリから姉が発見されたとの連絡を受けた時は安堵のあまり涙しました。
正直、ココヘリの存在を知らされていなければ、警察への遭難届にすら数日を要したと思います。姉の単独雪山にも関わらずの準備不足については、大いに責められるべきと思います。ただ、ココヘリがあったことで、命が守られたこと、家族としてやるべきことを導いていただいたことに本当に深く感謝しています。